ジャム作り(Jam)
七月のある晩、アルマンゾの父さんは、明日はみんなでベリー摘みに行こうといいました。
「翌朝、まだ日の出る前に、家じゅうみんな丸木運びの荷馬車(ワゴン)にのって走っていた。いちばん古い服を着て、手桶やバケツ、一ブッシェル入りの籠、そして大きなお弁当を積みこんで。ワゴンはずっと遠くの山を越え、シャトウゲイ湖の近くまで走りつづけた。そのあたりにはハックルベリーやブルーベリーがたくさんあるのだ」 (「農場の少年」)
家に戻ると、母さんと女の子たちは、桶にあふれるくらい摘んだベリーで、何日もかけてジェリーやジャムやプレザーブを作っていました。当時のジャムのレシピをみると、ベリーのレシピがたくさん載っています。ブラックベリー、グスベリー、ストロベリー。とりわけ多いのがラズベリー。手に入りやすかったのでしょうか? いつだったか、ラズベリーを摘みに茂みに入ったら、着ていた服がラズベリーのシミだらけになってしまいました。ベリー摘みには、アルマンゾたちのように、古い服がお勧めです。
1841年の料理の本には、ジャムやジェリー作りの注意事項が載っていて、「最近、町で売っている果物は熟れていないものか、腐りかけたものしかない。熟れる前に摘んでしまうからだ。身体にも良くない」とあります。何だか、今も170年前と変わっていないみたいですね。ただ「出来たら野生のものを摘むのがよろしい」とも記してあります。今はどこでも「立ち入り禁止」の札が立っていますが、昔は誰のものでもない野山があって、アルマンゾたちみたいに好きなだけ摘むことができました。今でも田舎ではそうなのかな? 私も幼い頃、毎年、春になると、近くの原っぱでつくしを摘んで、母にてんぷらにしてもらっていました。懐かしい思い出です。
ここにあげたのは、アプリコットのジャムを作ったときのもの。メモしておかなかったので、レシピはどの本を使ったか忘れてしまいましたが、当時の料理書を二冊使って、適当に組み合わせて作りました。




感想
当時のジャムは、ケチケチせずに砂糖をこれでもか、というくらいに入れました。果物1に対して砂糖1というのが基本。でも、果物1に対して砂糖3/4というのも見かけます。ジャムは保存食だったので、夏に作って翌春までもたせなければならなかったため、砂糖を保存料代わりに大量に入れたのです。
このジャムは暖炉を使って作りました。火加減を調節するには、薪を突っついたり、フーッと火を吹いたりするのですが、そうするとパーッと灰が舞い上がってお鍋の中に入ります。これはどうしようもないみたい。当時はそれが当たり前で、昔の人たちが、それほど気にしていたとは思えません。フタをすればいいのでしょうけれど、すべての鍋にフタをしていたとも思えないし、気になるのは最初のうちだけ。今では、灰はパイオニア・スパイスだと思っています。だから、これもパイオニア味のジャムです。
暖炉で料理なんてロマンチックに聞こえるかもしれませんが、煤で手も爪も真っ黒になるし、中腰なので腰が痛くなるし、鋳鉄のお鍋はやたら重いし、火は熱いし、けむくて目にしみるし、灰の処理もしなくちゃならないし、それに煮炊きにものすごく時間がかかる! お湯なんて数分でわくと思っていたら、大間違い! これぞホントのスローフードです。電子レンジがいかに便利か改めて感じます。
カントリー風のコテージで、休暇のときだけ暖炉で料理するなら面白いけど、これを毎日やってたなんて、かあさんみたいなパイオニア・ウーマンに脱帽です。