紅茶を受け皿で(Drinking out of saucers)
「(イライザ・ジェインは)父さんが紅茶ぢゃわんの受け皿(ソーサー)で紅茶を飲むのがはずかしくてたまらない、などと母さんにいったりした。
「なんてことをいうんだろう! だって、ほかにどうさましたらいいのさ?」母さんがきく。「ソーサーから飲むのは、もう時代おくれよ」イライザ・ジェインはいう。「ちゃんとした人たちは、カップから飲むわ」 (「農場の少年」)
小野二郎著「ベーコン・エッグの背景」によると、紅茶を受け皿で飲むのは、十九世紀のイギリスの労働者階級の飲み方で、チャールズ・ディケンズ(1812-1870)の処女作「ボズのスケッチ集」には、コーヒー・ストールと呼ばれる屋台で、左手にカップを持ち、右手に持った受け皿から飲んでいる男の挿絵があるそうです。でも、今ではこの飲み方は無作法とされていて、作家のジョージ・オーウェル(1903-1950)は、「なぜ、受け皿から飲むのは無作法なのだろう?」という文章を寄せており、わざと受け皿から音をたてて飲み、同僚たちが嫌な顔をするのを楽しんでいたそうです。
1903年生まれのオーウェルの時代には、すでにこの飲み方は無作法だったようですが、アルマンゾの父さんは1813年生まれ。ディケンズと同世代でしたから、父さんにとって無作法ではなかったのでしょう。でも、アカデミーで高等教育を受け始めたイライザ・ジェイン(1850年生まれ)にとっては、恥ずかしい飲み方とうつったようです。イライザ・ジェインはフェミニストのパイオニアともいえる人物で、あの時代にしてはかなり急進的な女性だったこともあるのかもしれません。
十九世紀のイギリスでは、これは労働者階級の飲み方とされていましたが、十八世紀のフランスでは、宮廷サロンに似つかわしい上流階級の貴婦人が受け皿から飲んでいたそうですから、ところかわれば・・・ですね。
中国からヨーロッパに茶が入ると、各地で中国茶碗を模した磁器が作られるようになり、イギリスでは深鉢のティー・ボウルが大量に生産されました。これにはスープ皿のような受け皿がついていて、これで紅茶を冷まして飲むようになったようです。
でも、十九世紀後半の紅茶の受け皿は、ここにあげた写真のように浅くて飲みにくそうです。無作法とされるようになったから、受け皿が浅くなったのか、それとも受け皿が浅くなったから無作法とされたのか、どちらが先かわかりませんが、いずれにしても、1776年と1848年のオックスフォード英語辞典の用例では、受け皿の飲み方は「優雅ならざる」「下品」と紹介されているので、イライザ・ジェインにも一理ありそうです。ちょうど無作法とされる過渡期にあたったのかもしれません。
父親のマナーを恥じるイライザ・ジェインに母さんは、「受け皿は中国から来たもので、それ以降、受け皿から飲むようになったんだ。皆が二百年続けてきたことを変える必要なんかないよ」といっていますが、暮らしの設計編集部編「英国式午後の紅茶」によると、当時、中国茶器には受け皿はなかったとあります。どちらが事実かわかりませんが、母さんがイライザ・ジェインに「おまえがアカデミー高等学校で仕込んできた新しがりの作法なんかに驚いて、今までやってきたことを変えるつもりなんかないよ」と言い放ち、生意気な娘をギャフンと言わせたのは小気味良いと思いませんか? アルマンゾの母さんて凛としていて、カッコいいですよね~。ローラが尊敬していたのもわかります。私も、アルマンゾの母さん、大好きです。