ドーナツ(doughnuts)
「アルマンゾが台所にはいっていくと、母さんはまだドーナツをあげていた。台所じゅうに、あげたてのドーナツの香ばしい匂い、焼きたてのパンのような小麦のような匂い、ケーキ類の香料の匂い、パイのあまい蜜のような匂いがたちこめていた。アルマンゾは、あげたてのドーナツのいちばん大きいのをとって、カリカリするはじっこをかじった。母さんは、金色のドーナツだねを、細長くのしておいて、それをちぎって手のひらで細い棒にして、それをふたつ折りにしてくるっとねじるのだ。母さんの指は、目にもとまらないはやさで動いている。母さんがさわっただけで、細い棒がかってにねじれて、熱いラードがうずまいて煮えている赤銅の大鍋のなかに、とびこんでいくように見えた」 (「農場の少年」)
このくだり、ドーナツ好きにはたまりません。生つばがわいてきます。アルマンゾが父さんの仕事部屋へ行くときに、右手にドーナツ、左手にクッキーを持って、ドーナツをひとくち、クッキーをひとくちかじるくだりもおいしそう。「あしながおじさん」でジャービス坊ちゃんがジューディに、「センプル家では、今でもドーナツを黄色い壺に入れ、青い皿でふたをして、食料室の一番下の棚にしまってありますか?」と聞く場面があって、幼い頃、「壺に入ったドーナツ」というのに憧れました。缶に入っているよりもおいしそうに聞こえて。ここにあげたのは、1889 年刊の「バベットおばさんの料理の本」に載っていたドーナツです。ドーナツというよりほんのり甘い揚げパンのような味です。昔、給食に砂糖をまぶした揚げパンが出ましたけど、あの懐かしい味に似ています。



感想
母さんがドーナツ種をねじるとき、「さわっただけで、細い棒がかってにねじれるようだ」とあるけど、なかなかうまくねじれなかった。太いところがあったり細いところがあったり。それにびっくりするくらいよく伸びる。こんにゃく形の方が簡単。
ねじったドーナツは、揚げるとき「ひとりでに、くるっと裏がえる」はずだったんだけど・・・・・待てど暮らせど、ひっくりかえらず。
アメリカのドーナツはすごく甘いけど、これはほんのり甘い揚げパンに、砂糖をまぶしたような味。あまり甘くないです。今のドーナツとはちょっと違うけれど、それなりにおいしい。テーブルに出したら、すぐになくなってしまいました。
参考にしたレシピは「バターで揚げる」となっていたので、やってみたら、何としょっぱいドーナツが出来てしまった! 「ひょっとして昔のドーナツはしょっぱかったのか?」と思って調べたら、そんなことはありませんでした。著者はユダヤ系なのでラードの代わりにバターを使っただけ(ユダヤ系は豚を食べないので)。でも、せめてひと言、無塩バターと書いて欲しかった・・・ …>_<…
母さんは「うずまいて煮えている」ラードで揚げていました。当時のレシピをみると、「煙のあがっているラードで揚げる」「煮えたぎるラードであげる」となっています。あまり温度が高いとこげてしまうけれど、高温で手早く揚げるのが、おいしいドーナツを作るコツ。でも、ラードの匂いって苦手です。コレステロールも高そう・・・。
今はチョコレートやシナモンアップルやストロベリークリームといったドーナツがあるけど、十九世紀のレシピには、そんなドーナツは私が見たところ一つもなし。子ども用にレモン味というのがあるくらい。スパイスもナツメグを使ったものがほとんどで、シナモンがその次くらい。アルマンゾが、日本のあんドーナツをみたら、びっくりするだろうな。
アルマンゾはドーナツをおやつに食べていたけど、今のアメリカ人は朝食としても食べる。アメリカの友人たちと旅行に行ったとき、「朝食はドーナツでいい?」と聞かれて、「エーッ! 朝からドーナツ?」と思ったけど、アメリカではこれって普通みたいです。今はファーストフードの影響だろうけど、1909年のレシピには朝食に揚げるといいとあるし、植民地時代のニューイングランドでも朝食に食べていたらしい。もともとドーナツは余ったパン種をあげて砂糖をまぶしたもので、清教徒が持ち込んだという説もあるから、朝食に食べても不思議ではないかもしれない。ひょっとして、給食に出た砂糖をまぶした揚げパンは、ドーナツのつもりだったのかな?