石板と石筆(slate)
プラムクリークで学校に行ったローラとメアリーは、オルソンさんの店で石板と石筆を買いました。石板と石筆は今でいうノートと鉛筆のようなもので、石板は板状の粘板板、石筆はろう石です。黒板のように書いたらすぐに消して、また書くことが出来ますが、せっかく書いても取っておくことができないのが難点。低学年の子どもたちがアルファベットの練習や算数の問題を解くのに使ったそうだけれど、昔の子は記憶力が良かったのかなあ・・・?


感想
石板は両面になっていて、裏と表の両方に書くことが出来ます。消したいときは、消しゴムの代わりに布で消します。ぬれた布の方がきれいに消えるけれど、乾いた布でもちゃんと消えます。でも、石板で遊んでいる子どもたちを見ていると、そでで消している子も結構います。
昔、子どもたちは石板でアルファベットの練習をしました。ローラも石板でみっちりと練習したのでしょう。日本で初めて「小さな家」シリーズを訳された石田アヤさんは、ローラから自筆の手紙をもらったことがあります。その手紙を見ながら、「これはお年寄りの字ね。小さい頃にしっかりとペンマンシップ(習字ノート)で練習した人の字よ」とおっしゃっていました。
ローラの娘のローズも、「すべてのtとdは母音字のかっきり二倍の高さにして、l はかっきり三倍にした。すべてのtに横棒をひき、すべてのiに点をつけた」と書いているくらいですから、みっちりと練習したようです。彼女は石板ではなくノートでしたが。
でも、今の子どもたちは、あまりペンマンシップで練習しないようです。昔は綺麗な字を書くことは大切でしたが、最近はコンピューターなので。それを嘆くお年寄りは多いです。
その昔、左利きはご法度で、「邪悪な」とか「不吉な」という意味のシニスター(sinister)と呼ばれました。左手で書いたりしたら、先生は左手をムチやものさしでたたいたり、背中でしばって右手で書く練習をさせたそうです。今だったら、児童虐待で訴えられそう・・・。
開拓記念館に石板を置いておくと、子どもたちは夢中になってアルファベットの練習をしたり絵を書いたりします。見ていると、今は左利きを直さないせいか、けっこう左利きが多いです。家族四人のうち、お母さんと子ども二人が左利きなんていう家族もいました。そのお母さんいわく、「左利きは世界を制するのよ!」。実は私も左利きです。あーあ、今の時代に生まれたかったなあ・・・(;_;)
「赤毛のアン」で、「にんじん」とからかわれたアンは、石板をギルバートの頭にうちおろして真っ二つにしたけれど、石板はけっこうもろくて、落としたりしたらすぐにひびが入ります。だから、見た目ほど強烈に痛くはなかったのでは・・・・?
スリランカやジャマイカのような発展途上国の人たちは、石板を見ると、「ああ、これ小さいときに使ったよ」と懐かしそうに話してくれます。三十代くらいの若い人たちですけれど。低学年は石板、高学年になるとノートを使ったそうです。どこの国だったか忘れましたが、今でも石板を使っているところもあると聞いたことがあります。ドイツから来たお年寄りも、「戦後、ものがなかったから、石板で勉強したんだよ」とおっしゃっていました。
最近はエコロジーが叫ばれているので、石板は子どものおもちゃとして復活するかもしれませんね。開拓記念館では、みな、夢中になって石板に絵を書いていて、離れない子もいるくらいです。大人でも、「あら懐かしい」なんていいながら、筆記体の練習をしています。
2008.04.15 | Comments(1) | Trackback(0) | 未分類